第9回 計良和貴子さん(佐渡市)

生まれも育ちも日本海に浮かぶ佐渡が島、生粋の佐渡っ子です。高校卒 業まで佐渡で過ごし、憧れだったニューヨーク留学を実現させるためにまずは東京の語学学校に通いました。その矢先に、ニューヨークでは9/11のテロが起 こったため、いろんな観点からイギリスに留学先を変更することになり、結局まずはイギリスで4年間を過ごすことになりました。 イギリスではもちろん勉強漬けの毎日でしたが、サークル活動ではボランティアで趣味のダンスを友達と教えたり、大学や教会のチャリティーイベントのお手伝 いをしたり、友達とトリオを組んで音楽を演奏したりと大変充実した日々でした。

その後、就職はきっと日本だろうと漠然と思っていた矢先、知人に薦められて行った就職フォーラムでニューヨークの会計事務所に内定が決まりました。1度は ニューヨーク行きを諦めていたので、運命的でした。Visaの都合で1年は東京の事務所で働きましたが、ニューヨークで自分を磨くために渡米しました。

現在はKPMG LLPという会計事務所で、日系企業の法人税を担当しています。米国税制はイギリスの専攻に無かったものですし、学ぶことが多く、毎日が勉強の日々です。 東京の事務所にいた時とは比べ物にならない位の忙しさですが、自分が努力できる機会がある事、そして応援してくれる人が居る事に感謝しています。将来は更 に法人税制の知識を高め、答えの無いところから答えを導き出せるようなコンサルタントを目指しています。NYは様々な人が集まるコンペティティブな場所だ と思います。自分の個性を見つけて目標を見失わず、巡って来る機会を掴み取れるように広い視野を持っていたいと思います。

2010年5月3日 新潟日報/BSN共同企画、BSNテレビで「故郷の力」が始まります

5月3日(月)より7日(金)まで、夕方6時15分から7時に放送の「Nスタ新潟」という番組で放送されるということです。仮の予定は以下の通りだそうですが、多少の変更も有り得ますので毎日チェックしてみて下さい。

◆5月3日(月) 「摩天楼とNYの桜~ニューヨーク県人会とは?~」
【登場予定】
・花見の参加者たち
・大坪賢次会長
・石田さん(主婦・画家)
・日系のスーパーの店長(石田さんの旦那さん)

◆5月4日(火) 「ニューヨークの若き経営者たち」
【登場予定】
・ヘアサロン経営・美容師 野口レイ子さん
・語学学校経営 吉垣美奈さん

◆5月5日(水) 「ニューヨークそして、故郷への想い」
【登場予定】
・国連職員 小林洋介さん
・広告クリエイティブディレクター 遠藤信さん

◆5月6日(木) 「挑戦を続ける県人~ワシントン編~」
【登場予定】
・山﨑征支さん(ワシントン在住)

◆5月7日(金) 「県人の絆~大坪会長夫妻とメンバーの故郷への想い~」
【登場予定】
・大坪会長夫妻
・計良さん
・人材派遣会社勤務 松浦恵子さん
・ヘアサロン経営 野口レイ子さん
・花見の参加者の方々

2010年4月24日 ニューヨーク新潟県人会 お花見

第四回目になるニューヨーク新潟県人会お花見がルーズベルト 島で催されました。今年は八重桜の満開の時期は少し過ぎていましたが、散った花びらのきれいな絨毯の上でのお花見でした。今回は新潟から新潟日報紙と BSNテレビからの共同取材班が訪れました。日報に掲載された4月26日付けの記事はこちらから。県人会員専用の写真アルバムからはこちらからパスワードを使って御覧ください。


第8回 松浦恵子さん(柏崎市)

柏崎市で生まれ育ち、18歳の時に東京の短大に通うために上京。卒業後は、そのまま東京の外資系企業にてOLとして4年間勤務しました。

その企業では直接の上司がアメリカ人だったということもあり、語学力を磨く必要性を感じ、またその上司のやり方というのが日本人とは違うところがあって率直に興味を持ち、アメリカでビジネスを学んでみたいと留学を決意したのを覚えています。

2001年に渡米し、メリーランド州にある大学に編入。2003年に卒業後、今勤務をしているアクタス・コンサルティングという人材派遣紹介の会社に就職 が決まり、ニューヨークに引っ越してきました。仕事の都合で2007年から2年間はカリフォルニア州で生活をしていましたが、2009年夏にニューヨーク に戻ってきました。

「人は人によって磨かれるもの」だと思いますが、人種のルツボであるニューヨークで、そして人と会う仕事を通して、普通に生活をしていては会えない方々と接する機会があるのが醍醐味で、そして勉強の毎日です。

第7回 石田直美さん(新潟市、旧亀田町)

新潟市(旧中蒲原郡亀田町)出身です。高校まで地元で過ごし、大学は お隣の長野県へ。教育学部美術科の絵画研究室に所属していましたが、絵を描き続けたくて進学を希望。当時学部に大学院がなかったので美大の大学院を受験し ましたが失敗。卒業後、東京に出てフリーターを1年してから大学時代の教授に勧められた美術学校へ入学。育英財団の奨学金を受けて通っていました。2年生 の時に今度はフランスへ留学したいと思い、美術学校を中退。半年間、受験準備をしてパリへ。この受験に失敗して新潟へ帰りました。(果敢な20代でし た・・・笑)その後は新潟市周辺で絵を制作しながら色々な仕事をしていました。99年にNYへ学生として来ていた大学の後輩に誘われ観光がてらArt Stsudents League of NYへ体験入学。現在の夫と知り合い「絵の描かせてあげるよ」と言われて同年NY行きを決行。学生をするつもりがあっという間に結婚、出産、育児となり3 年前から絵画制作を再開したところです。現在、Art Students League of New Yorkで制作。

私のワークサイトです♪ http://www.naomitakahashi.com

第6回 吉垣美奈さん(糸魚川市)

糸魚川市で生まれ、高校を卒業するまで海と山に囲まれた糸魚川の実家で過ごしました。四季折々の豊かな自然の中で育ち、歳を重ねる毎に故郷のありがたさを実感しています。

教育大学を卒業し、一旦は新潟で教壇に立ったものの、自分の一生の仕 事として学校教員を続けることに疑問を抱き、上京しました。東京で広告代理店と商社勤務を経て、1998年にニューヨークに辿り着きました。最初は大学院 のプログラムを受けて帰国するつもりでしたが、ニューヨークの魅力にはまり、できるだけ長く居座るために就職活動をしたところ、幸運なことに、現在運営し ている団体を引き継ぐきっかけとなった会社に就職が決まりました。

ニューヨークから橋を渡ってすぐ、フォート・リーにあるニュージャー ジー日米協会という団体の代表を務めています。1974年に設立されたこの協会は、教育・文化的活動を通して日米の文化交流を推進し、また海外で生活する 日本人コミュニティに貢献することに力を注いでいます。年齢、国籍を問わず参加できる語学プログラムや文化クラス、教育セミナーの開催とコミュニティサー ビスが主な活動内容です。協会の運営を通して沢山の方々と出会い、その出会いの中で、日本を離れて改めて実感した故郷と母国の素晴らしさ、同郷の方達の暖 かさを時折かみしめています。自分の目で身体で体験した日米それぞれの素晴らしい文化や伝統を、できるだけたくさんの人々に伝えていくこと、それが、故郷 から遥か遠く離れたこの地に、縁あって呼び寄せられ、与えられた自分の使命だと感じています。

ニュージャージー日米協会 http://www.jasofnj.com/

第5回 遠藤信さん(巻町、現新潟市)

旧西蒲原郡巻町五ヶ浜という小さな小さな村に生まれ、小学校3年の時角田山を超えて巻町へ引っ越 し、実家から徒歩10分の巻高校を卒業するまで巻で過ごしました。その後東京のデザイン学校へ進学し、そのまま東京の某広告代理店で修行した後、1990 年にニューヨークに来ました。

2~3年アメリカで遊んだら日本へ帰るつもりが、バブル経済崩壊とともに帰る時期を逸しズルズルズルズルと、ニューヨークでアレヨアレヨと20年もの歳月が経ってしまいました。(怖っ!)

幸か不幸かニューヨークでもすぐに広告代理店でポジションが見つかり、この道一筋25年。グラ フィック・デザイナー、アート・ディレクターを経てクリエイティブ・ディレクターという肩書きになりました。TVコマーシャルや新聞雑誌の広告、ウェブか ら屋外看板までどんな広告でも創ります。興味がありましたらご覧ください。 www.makotoendo.net

もともと絵が好きでこんな業界に入ったのですが、日本にいる頃は仕事に追われ、デザイン学校を卒 業してから一枚も描きませんでした。でもアメリカの良いところは、日本の業界みたいに殺人的な忙しさがないところです。アメリカ人は過労死しません。 ちょっとづつでも絵を描く余裕が生まれました。また広い部屋に安く住めるため大きな絵が描けます。時間がある→広い部屋がある→大きな絵を描く→作品が貯 まる→どんどん貯まる→広い部屋が足の踏み場もない→ちょっと作品捨てなきゃ!となる前に、誰か買ってくれないかなぁ、、、

ニューヨークで活躍する新潟県人会です